第二百五十一号 【逆スタグフレーションの予感】

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平成二十六年霜月十五日発行

11.19

撣亳 田中正明 先生

大阪 光の陣

大阪 光の陣

一、我日本の伝統と文化を護り、我「國體」を
護持せよ。
ニ、我国内外に蠢く反日反動勢力を打倒せよ。
三、諸々の逆差別・特権要求勢力を粉砕せよ。
四、『一日一動』天下・民族の為に、一日一回
は活動せよ。
五、大東亜戦争未だ敗れず、諸卿、東亜諸民族
と共に皇道を邁進せん。


逆スタグフレーションの予感

ー物質よりも精神へ、量よりも質への転換をー

中山 嶺雄

経済知らずの経済政策

ー「インフレ」「デフレ」とは何かー

「國語離れ」「國語嫌い」「米語崇拝」の異常な「偽日本社会」に於いて、国語に非ら
ざる「カタカナ和製米英語」は、大衆を欺瞞、洗脳する最も効果的な手段で有る。
数年前の民主党政権では、「マニュフェスト」なる意味不明の英語を使用して大衆を欺
き、昨今では、日本国民の民族意識覚醒に伴う「中共・韓国等」への自己主張を、国内
外の反日勢力が、「ヘイト・スピーチ」なる横文字を悪用して、圧殺しようと謀って居
る。
欧米の言語、語彙を有り難がる「偽日本」の植民地根性に悪乗りして、大衆を欺瞞、愚
弄し、何等かの利益、利権、妄想等々を獲得しようとする「GHQ反日体制」下の社会
は、歪み、異様な情況を露呈して居る。
何よりも問題なのは、狂人が自己を狂人と認めないのと同様に、衆愚的大衆が自己の愚
劣さを自覚し得ないと言う事実で存る。

「経済」とは、本来、人間個人或いは社会が生存、存続する為に必要な財貨を生産、消
費する機能で有り、「政治」とは人間社会の秩序を維持する為の機能で有り、共に人間
社会の両輪で有る。
その一方、或いは両方が適切に運用され無い時には、国民生活の安定は保障され無い。

「経済」は「経世済民」或いは「経国済民」の略で有り、国を治め、民を救うの語義で
存る。則ち、経済が異常、変調を来たし、或いは生産が極度に低下、高騰すれば、人間
社会は大混乱を招くので在る。
故に、政治を担当する政治家は、経済政策を疎かにしてはならない。
だが、現実には、経済を知らない無知蒙昧無能、或いはそれを装う政治屋共が、日本経
済を聾断し、国民、民族の利益を損なって居る。

現「安倍政権」の「デフレ脱却」「インフレ率二パーセント」等々の「デフレ」「イン
フレ」用語の非論理的使用は、正に経済のイロハ、定理を無視、逸脱、誤用した醜態で
在り、斯くの如き低級劣悪な経済的知識、認識しか保有しない政治屋に経済を任せる訳
には行かない。

infure.defure「インフレ」とは「インフレーション」の
和製略語で、正しい国語では「通貨膨張」
と訳す。即ち、金融市場での「通貨発行量」
が通常よりも増加する状態を意味する。
通貨の量が増加し、物財の量が変化しなけ
れば、当然、物価は上昇し、企業の売上高
は伸び、利益も増えて「好況(好景気)」
に成る。

逆に、「デフレ」とは「デフレーション」
の略語で有り、「通貨収縮」と訳する。
金融市場に流通する通貨の量が減少する状態を言う。物財の量が一定で在れば、当然
ながら商品の価格は下落して、企業、生産者の売上げは低下して、利益は減少、「不
況(不景気)」と成る。

この資本主義経済の原則を否定する者は誰も居ない。
だが、現下の「偽日本社会」では、首相、日銀総裁以下、経済界の首脳に至る迄、「イ
ンフレ、即、好況」「デフレ、即、不況」の意味で誤用して居る。汗顔の限りで存る。
「インフレ」ならば「好況」と成る場合が多いが、「好況」の語義が「インフレ」では
無い。同様に「デフレ」の場合には「不況」と成る事が多いが、「不況」の語義が「デ
フレ」では無い。
「インフレーション」「デフレーション」とは、市場の通貨量の多寡を言うので有る。

「インフレ」「デフレ」なる和製英語で、本来の経済用語を異質に解釈して「何となく
・デフレ=不況、脱却」「何となく・インフレ=好況、期待」の社会的雰囲気作りを行
なって居るのが、現下「安倍」政権で存る。

経済の根本原則を認識、理解出来ない愚者が経済を運営して居る危うさを一層認識しな
ければならない。

「安倍」の衆愚迎合と「黒田」の博打

ー「無理」「不自然」は「混乱」の源ー

二十年近く前の話では有るが、自民党本部で安倍、中川等々の自民党若手議員の諸氏と
会見した時、それ迄の愚生が抱いて居た先入観を変更せざるを得なかった。

abe.nakagawa それ迄は、「二世」「三世」議員等は、所謂
「親の七光」で何の識見や能力をも欠如して
居ると思って居た。
だが、接触して意見等を交換すると、決して
無知、無能、不認識の輩では無い事が、理解
出来た。同じ一・二年生議員でも、所謂叩き
上げの年配議員は、ドロドロに脂ぎった政治
屋臭が漂って居たが、二世、三世議員には、
その不愉快な政治屋臭が全く感じられなかっ
たので在る。

自分一代で「地盤」「看板」「鞄(政治資金)
」を築き上げて来た政治屋共は、闘争、謀略、利権争奪等々、独特の不愉快な「政治屋臭」
を発散させて居る。
だが、既に「地盤、看板、鞄」の「三ばん」を保有して居る「二世・三世」議員達は、
自己の保身や利権争奪に塗れる事無く、政治的理念や理想を追求する環境が生れながら
に具備して居り、それだけ純粋に国事に挺身する条件を与えられて居るので存る。
或る意味での「身分制の美点」とも言える。

その政治家身分の安倍晋三は、純粋なるが故の弱さで発病し、第一次内閣で挂冠を余儀
なくされた。
だが、第二次内閣では、人が変わったかの様に、自信に満ちた悠揚迫らぬ態度で登場し
た。
良くも悪くも政治家として成長したので在る。
内閣の人選にしても「東大」「京大」卒、即、官僚出身が少なく「私学混成内閣」の様
相を体して「官僚政治」と一線を画す布陣を敷いた。

「脱官僚」政治も、時には有意義な一面を持つ。だが、衆愚的な税金バラマキ「政治屋
政治」を何とか抑えて来たのは、曾て存在して居た「官僚道」とも言うべき、「滅私奉
公」の理念を戴く高級官僚達で存った。
現在千兆円を超える偽日本政府の負債を四十年も前から予測して政治屋と対峙して来た
のは、大蔵省の官僚達で存った。
然し、その「官僚道」も希薄化して、正常な行政を運営する仕組みと人材の双方が欠乏
して居る。

中央の政治も又、低劣、無責任を極めて居る。野党時代の「安倍自民党」は、「首相の
靖国神社参拝」を公約した筈で有る。だが、「安倍政権」が成立しても、中共や韓国に
気兼して中々動かず、一回参拝したものの、米国の圧力を受けるや、参拝を完全に停止
した。
安倍政権の選挙公約には「河野談話」の取消が存った筈だが、反日米中韓の圧力を受け
て「河野談話継承」と全く約束を反故にしてしまった。

これ等一連の「反日売国政策」は、政治家「安倍晋三」の「政治屋化」を如実に示して
居る。端的に表現するならば、「ずるさ」や「したたかさ」「だまし」「ごまかし」「
逃げ」等を身に着けて、理念や理想を放棄したので有る。「安倍政治」の目的は、資本
主義的な「好況」到来とその維持で有って、「拡大再生産」を必要条件として居る。

ぞの為には、「積極的な」財政金融政策に拠る有効需要の喚起が必要で有り、安倍首相
は「日銀総裁」に黒田某を選んだ。

kurodabakuchi安倍内閣に執っては、所謂「アベノミクス」なる大衆
迎合経済政策推進の適任者では遇ったろうが、国民に
取っては、最悪の人事で遇った。
就任早々、「通貨供給を倍増」する等と言い出した黒
田は、正に「賭博師」「詐欺師」紛いの人品骨柄卑し
い発想の人物で、到底日銀総裁の器では無い。

金をバラ蒔けば好況、好景気に成るのは、中学生でも
解かる経済の常識で有る。
だが、中学生でもその後の結果を予測して、バラ蒔く
か否かを判断する。
異常な通貨供給量の激増は、当然ながら「インフレー
ション」に伴う様々な副作用を発
生させる。

kuroda2毒薬は少量を効果的に使用すると、時には良薬に成る
場合も有るが、度を過ぎればその毒性は人体を死亡さ
せる。黒田日銀の良識外れの異常な超インフレーショ
ン(通貨膨張)政策は、日本経済、財政を破壊する危
険性が極めて高い。

 

所謂「アベノミクス」の欺瞞性

ー所謂「レーガノミックス」との相違点と類似点ー

所謂「アベノミクス」の語源は、米国大統領「レーガン」が昭和五十年代後半に提唱し
た所謂「レーガノミックス」なる造語に在る。
「レーガン」と「エコノミックス」を合成したその宣伝用語は、当時好感的に喧伝され
た。
米国加州の知事に当選してから暫く経つ迄、「ロナルド・リーガン」と日本で呼称され
て居たレーガンは、米国西部劇二枚目俳優として全米的に人気が有った。
正義の味方の保安官役を演じて、単純素朴な一般米国民に英雄視され、加州の知事に迄、
当選したが、彼自身が自ら演じる主役同様の単純な性格で存り、ワスプ的価値観を隠す
事無く経済政策にも提言した。
それが所謂「レーガノミックス」で在った。

自らの減税プランをテレビで説明するレーガン大統領

自らの減税プランをテレビで説明する
レーガン大統領

昭和八年の「F・ローズベルト」大統領
就任以後、所謂「ニュー・ディール政策」
以来、戦時経済の継続も在って継承して
来たケインズ流の修正資本主義に対して、
レーガンは共和党伝統の「小さな政府」
「経済は経済に任せる」政策を採用した
ので存る。
「歳出削減」に依って財政を健全化し、
「大幅減税」に依って投資、消費を増加
させて景気を浮揚し、経済面での「規制
緩和」を通じて産業を育成し、「連邦準
備制度理事会(FRB)」の「金融政策」、即「通貨量」の操作で制御すると言う経
済政策で在った。

これは、かなり困難な政策では在ったが、幾つもの幸運を得て、一時的に「レーガノ
ミックス」は成功したかに視えて、レーガンの人気は高まった。
「民主主義」は、「パンとサーカス」を効果的に提供する為政者への「衆愚的大衆」の
支持で成立し、「人気取り」政策の成否が政権の安定を左右する。
大統領夫人の元女優ナンシーは「星占い」に填り込んで居て、レーガン自身もその影響
を受けて居た。アドルフ・ヒトラーも「占星術」に凝って居たが、彼等の信仰的確信に
基づく政策断行は、うまく当たれば、その功績に対する大衆の評価は倍増する。

経済新機軸を映像的に打ち出して、当時の国際環境をレーガンは効果的に利用した。
米国は、当時、外向的に沈滞して居た。
十五年に及ぶ所謂「ヴェトナム戦争」に事実上敗北し、昭和五十四年には蘇連に依るア
フガニスタン侵略を座視せざるを得ず、同年には長年同盟関係に在ったイランで「イス
ラーム革命」が勃発して反米政権が成立。
在イラン大使館員救出作戦は、ものの見事に失敗して、以後、四百日に及ぶ人質解放交
渉が続く事に成った・¥。

だが、レーガン共和党の単純「ワスピズム」は、この「危機」を「好機」と捉えた。
「小さな政府」を呼号するレーガン政権が、ローズベルト政権と同様に「準戦時体制」
的膨大な軍事支出を行なって、有効需要を創出したので在った。
その結果、景気は上向き、沈滞して居た国民感情は「対蘇敵愾心」で連帯感を共有し、
レーガンの人気は、上昇したので在った。

然し、レーガン後に米国を襲ったのは、蘇連等の外患では無く、「財政赤字」「貿易赤
字」の所謂「双子の赤字」の内憂で有り、その後、長く米国社会を苦しめる結果と成っ
たので在る。

今回の「衆議院選挙」に際して、安倍首相は「アベノミクス解散」と自称した。
「レーガノミックス」が現役当時の人気に肖っての大衆迎合的主張、発言で有るが、そ
の両者の目的や基本理念は全く異なる。

3bonnoya安倍政権の経済政策は、「三本の矢」と称
して、「大胆な金融緩和」「機動的な財政
出動」「民間活力に依る経済成長戦略」と
規定してはいるが、これ等の政策の内で前
二者は、「大きな政府」を前提にしたもの
で、「小さな政府」を目指した「レーガノ
ミックス」とは根本的に異なる、と言うよ
りも逆の政策で在る。

「異次元の緩和」等と言って、ケインズ流
の財政拡大政策を博打的に運営して一時的
な景気浮揚を目論む「安倍・黒田路線」は、「今さえ好景気になれば」「今さえ支持率が
上がれば」と言う、衆愚的民主主義の「政治屋」的発想から生まれた経済的亡国に至る
欠陥的政策に過ぎない。

hutagonoakaji「小さな政府」を希求する「資源大国」米
国の「レーガノミックス」でさえ、「双子
の赤字」生んだので有る。況してや「資源
小国」の日本が野放図に「大きな政府」を
目指せば、「山高ければ、谷深し」の譬え
通り、一挙に奈落の底へ転落する危険性を
有して居る。

従来から指摘して居る様に、既に二年程前から、日本は「輸入超過」の貿易構造が定着、
確定して居る。
昭和三十年代からの「高度経済成長」を支えて巨額の国富を貯えた原因は、安価な原材
料を輸入して高価な製品を輸出し、その利鞘を稼ぐと言う「加工貿易」に依る「貿易黒
字」の集積に在った。
だが、ここ二年程は、「輸入超過」が継続して居るので在る。即ち、従来は輸出促進の
特効薬と見做されて居た「円安」は、逆に、輸入の支払い増加を齎し、「貿易赤字」の
主因と成って来たので有る。
にも拘らず自称「アベノミクス」は、異常且つ強引に「円安誘導」を推進して居る。
「資本収支」で一時的、一部的に「差益」が稼げるにしても、「資源小国」の日本とし
ては、由々しき現状で在る。

斯かる情況の下で、「大胆な金融政策」は、急激な「円安」を招き、「円安」は「国富」
の減少を齎すのみならず、「個人資産」の「目減り」を当然招来する。
外貨預金を所有する極く少数の資産家は、「円安」「ドル高」の利益を享受する。だが、
圧倒的多数の円預金を保有する日本人大衆は、国内の異常な低金利以上の「円安差損」
で、金融資産を目減りさせて居るので在る。

個人的資産運用以上に問題なのは、世界各国の中で最悪の政府債務の問題で存る。
千兆円を超える債務残高は、数十年を要しても返済不能な「天文学的借金」で有り、「
自己破産」以外に解決の付かない事案で有る。
それが、今日迄、然程国際的に問題視されて来なかった理由は、「日本及び日本的なる
もの」への「信用」と、「日本国債」の「国内集中的運用」に在った。
だが、一時期、金利二割に近づいたギリシア国債よりも、劣悪な状況に在る「日本国債」
が、その実情、危険性を国際的に認知された場合、日本経済、財政への破壊的効果は計
り知れない。

貨幣価値の下落に伴い、高齢者預貯金の資産価値も低下し、生活保護世帯の急増、生活
扶助負担の激増等々、社会保障の負担は急激に増加するので在る。
「小さな政府」ならば放置して凌げる問題も、大衆迎合の「大きな政府」、社会保障の
充実を掲げる「偽日本政府」としては、財政負担を増加しなければならない。
だからと言って、国民大衆の不満を招く「増税」は回避しなければならず、今回も「消
費税増税 先送り」で「選挙民」を騙し、一時の支配権確保、利権収奪を実現した。
自称「アベノミクス」は、「レーガノミックス」とは異質なもので有り、将来の国民に
現在以上の負担を強いるもので在る。

唯、両政策に共通点が在るとすれば、それは、双方共、結果的に「貿易赤字」と「財政
赤字」を招来し、拡大すると言う好ましく無い類似点で在る。
来平成二十七年度には百兆円にも達しようか、とさえ危惧される国家予算総額は、「財
政破綻」の近未来を約束して居り、無謀に継続される円安政策は、「貿易赤字」の拡大
を確実視させて居る。資本収支で黒字を計上しても、「国際収支」の赤字基調は、継続
するであろう。
食料自給率四割の日本で、国債収支のジリ貧状態が続けば、やがて大規模な飢餓、食料
危機の到来も予測される。
従来の日本経済を「デフレ」等と言って否定する向きは多いが、国際的に比較すれば日
本経済は圧倒的に安定して居たので在る。
だが、昭和四十八年の所謂「石油危機」の際には、日本経済は混乱した事も遭った。

所謂「スタグフレーション」を想起せよ

ー昭和四十八年「石油危機」の教訓はー

昭和四十八年、所謂「石油危機」と、その後の経済混乱の中で、「スタグフレーション」
なる経済用語が造語され、大多数の経済学者がその解析に没頭し、殆ど結論らしいもの
は出なかった。

前述の様に、「インフレ」「物価騰貴」「好景気」と「デフレ」「物価下落」「不景気」
が前提の資本主義経済学社会で、その理論では説明の着かない経済現象が生起したので
在った。
即ち「不況下の物価高」で有り、一部の学者は、この新現象に「スタグフレーション」
なる造語を与えた。
学者、専門家は皆「わからない」を連発して居たが、当時、民間企業に勤務して居た愚
生は、その「わからない」が解らなかった。

眼前で展開されて居る「狂乱物価」と経済混乱を率直に認識すれば、その原因が奈辺に
在るかは、即座に理解出来た。
一言で言えば「石油危機」に伴う「物不足」と「資本主義的利潤追求心理」で有った。

現在でも大差は無いが、当時の経済社会は石油に依存して居た。
電力は勿論、衣類、石油蛋白食品、合成樹脂等々石油抜きでは生存出来ないと思われて
居た。水道さえも石油の動力で供給されるので有る。

第一次石油危機の時、全国各地で起こったトイレットペーパー騒ぎ

第一次石油危機の時、全国各地で起こったトイレットペーパー騒ぎ

その石油を毎月五分づつ供給を削減すると
「アラブ石油輸出国機構」から脅された日
本社会は、恐慌状態に陥り、人々はひたす
らスーパー・マーケットの開店に並び、ト
イレット・ペーパーを買い漁った。
この「トイレット・ペーパー騒動」こそ所
謂「スタグフレーション」の本質を物語っ
て居る。則ち、資本主義的利潤追求の欲求に基づい
て、将来の「物不足」を想定し、商品の「
買占め」と「売惜しみ」が全国的に発生し
たので有る。
市場の物財が減少すれば「物価」は「高騰」する。生産者や企業は原材料の入手が困難
に成り、生産は減退し、「不況」に成る。
だが、全ての企業が減益に成る訳では無く、出荷量が半減しても価格が二倍に高騰すれ
ば売上げは維持出来るので有る。
斯くて「狂乱物価」の異常事態と成り、企業、国民は右往左往するばかりで在った。
結局、数年分ものトイレット・ペーペーを屋内に貯め込んだ家庭が、余った使い物に成
らなくなったそれをゴミとして捨てた様に、最終的に、最後迄在庫を抱えた企業は、多
額の損失を出したのだが、当時は皆が冷静さを欠いて居たので有る。特に経済専門家の
適切な助言が欠落して居た点に問題が有った。

「スタグフレーション」「狂乱物価」の原因は、資本主義的「市場経済」下の「市場心
理」「大衆心理」で在った。
通貨量や物価指数に関係無く、将来への「不安心理」から「買い漁り」「買占め」「売
惜しみ」「物価高騰」の悪循環が続き、「物不足」から「生産」「流通」「消費」の減
退を招き、「不況下の物価高」と成ったので有る。
数値化出来ない人間の「心理」が原因で有ったので、経済学者や専門家にはそれを合理
的に解明、説明出来なかった。

だが、経済に占める「市場心理」「人間心理」の比重は、極めて大きいので有る。
所謂「リーマン・ショック」前後の米国では、「金融工学」なる機械的な利潤追求理論
が開発されて金融、経済混乱の原因と成ったが、寧ろ、「経済心理学」こそ必要なので
有る。

早晩、露呈する日本経済の混乱

ー「逆スタグフレーション」の問題点ー

資本主義経済は、量的拡大が過剰に成った為に「信用経済」の形式を採って居る。と言
うよりも採らざるを得ない。
例えば、東京から大阪へ送金する場合、現金が移動するのでは無く、口座の数字だけが
転記されるので在る。それは、その数値の移動を通貨の移転と「信用」して居るからで
有る。
又、製作費十数円の日銀印刷物、即「日銀券」を一万円の価値が有ると思い込んで居る
のも、日銀への「信用」の為せる結果で在る。

だが、「信用」をするか、しないかは、人間の「心理」の問題で有る。
国民が、世界の人々が、日銀券を「信用」し無く成れば、一万円札も鼻紙に過ぎなく成
る。
過去の歴史に於いて、「ワイマール・ドイツ」で、或いは国共内戦末期の「中華民国」
で「億分の一」の通貨下落が発生した。「信用」を喪失すれば、「不換貨幣」の価値等
は無価値に変質する。

現在「アベノミクス」と自称する強引な景気刺激政策で景気の浮揚が謀られて居る。
その政策は、過去に於けるある程度に堅実な「日銀」への「信用」で、市場から好意的
に解釈されて、「株価」は高騰し、「失業率」は低下し、一見「好況」の趣を呈して居
る。
「豊田自動車」に至っては、史上最高の「利益二兆円」を達成して居る。
確かに、「好景気」が到来し、大企業の賃金は安倍政権の要望に応じて上昇して居る。
「物価指数」も目標の二分には、及ばぬものの、若干の上昇傾向を示しては居る。

だが、この「信用」は本当の「信用」なのか。自民党政権の揚げ足取り「野党」に迎合
するのでは無い。
「狂乱物価」の際に「スタグフレーション」造語で誤魔化した当時の経済専門家の様に、
現在の経済学者や所謂「コメンテーター」達は、現実の市場を認識しては居ないのでは
無いか。

「物価上昇率」「二分」達成の数値目標は、現実には「二分」以上の下落に転じて居る。
何故ならば、公式の「物価統計」は、総て生産者、販売企業の「正価」を基準に計算し
て居る。だが、連日新聞の折込に入る安売り広告の価格は、総計には計上され無いので
在る。日常の飲食料品から家庭電化製品、乗用車等々「正価」で購入する消費者が幾足
居るのか。
大部分の消費者は、廉売、特売を活用して家計を助けて居るので在る。
故に、政府の公式統計は実態を反映しては居ないので在る。実態に基づかない統計は政
府発表の「信用」に疑念を生じさせる。
「信用」への疑念は、経済を失速させる。
最近、「国内総生産(GDP)」「一分六厘」下落の報道で株価が急落したのも、それ
故で在った。

然し、本当の危機は、「偽日本政治・経済」の構造的問題点で存る。
即ち、「財政バラマキ」「責任先送り」「自転車操業」「借金地獄」の現実で在る。
これ程迄にも「財政」が悪化しても、猶、日本経済が「信用」されて居るのは、「勤倹
力行」「誠実無比」の先人の努力を高く国際的に評価されて居るからで有り、現実の自
堕落な「偽日本」の実態が露呈されれば、何時「信用」が崩壊、喪失するか予断を許さ
ない。
世界中で最悪の「国家債務」とその膨張傾向が、何よりも危機の根源、震源なので在る。

その動因の一つに「逆スタグフレーション」と言う概念が考慮される。
「不況下の物価高」の「スタグフレーション」に対して、「好況下の物価安」即「逆ス
タグフレーション」は、「企業は好況」「消費者は物価安」の理想的な経済状況に視え
るかも知れない。

だが、現在の「好況」は、「跛行好況」なので在る。つまり、不自然且つ強引な「円安」
政策の結果、輸出大企業の好業績を背景にした「部分的好況」に過ぎない。
輸入企業の多くは「為替差損」と「原材料価格高騰」に苦しみ、何よりも中小企業の痛
手は大きく、倒産も増加して居る。
前述で指摘した様に、廉売に依って実質的な物価は低下して居るにも拘らず、原材料は
高騰し、製品に価格転嫁出来ない中小企業は、倒産せざるを得ないのである。

円安、中小に薄い恩恵「利益減る」4割

円安、中小に薄い恩恵
「利益減る」4割

消費者に取っては好ましい筈の「物価安」が、
中小企業を苦しめ、「国内総生産(GDP)」
を引き下げ、日本の国際的信用を低下させる。
この矛盾は、「スタグフレーション」と同様に
「市場心理」「人間心理」の観点から認識、理
解しなければならない。
即ち、将来の「物価安」「物余り」「増税」「
収入減」「資産目減り」等を予測した「市場心
理」「大衆心理」が、「買控え」と「売急ぎ」
を招き、国家経済全体として好況
感が乏しいので在る。

「跛行好況下の物価安」即「逆スタグフレーション」は、決して正常な状態では無いが、
従来の「消費は美徳」とか「大量生産、大量消費」を理想化して居た反自然的通念が、
現実生活から抑制されて来た点には、意義が有ると言えよう。

より大きな経済的、政治的視点を持て

ー江戸時代「自給自足」経済を見習えー

表面的に「好況」なのに、何故、実質的な物価は下落するのか。
前述の様に、「将来への不安心理」から大衆は「買控え」「支出削減」を行ない、経済
の柱の一つで在る「個人消費」は減退して居る。
企業も同様に「設備投資」を控え、有効需要は「官公需」に多く頼らざるを得ないのが
現状で在る。つまり、現在の「アベノミクス」なる経済政策を採る限り、必然的に「大
きな政府」を維持しなければ成らず、それは「財政破綻」への速度を加速化させる。

自民党から共産党迄、「経済成長」と「所得増加」を主張する「偽日本社会」の欺瞞性
に、国民は、直感的にでは有るが気付きつつ在る。
人間社会には、「程度」と「限界」が有る。
例えば、気球に乗って成層圏迄上昇した時、防寒着と酸素筒が無ければ、人間は死亡す
る。人間の生存可能領域の「限界」を超えて居るからで有る。
中共の北京やインドのデリーでの大気も、その汚染度は「限界」に近づきつつ在る。

自然から生まれた人類が、自然を汚染させ、破壊すれば、生存可能領域が激減し、人類
滅亡に繋がる。
人工的な生産とは、自然の破壊と同義で有る。
既に「地球的限界」を部分的に超えて「異常気象」を齎せて居るが、大多数の人々は、
より多くの物欲、金銭欲を充足させる為に「拡大再生産」即「破壊拡大」を希求し、熱
望して居る。

生物としての人類が最も本質的に求めるものは、個人の心身の生命維持で有り、種族の
保存、継続で有る。だが、今や目先の金品や衣食住への物欲を優先し、人類は自滅への
道を暴走して居る。

斯かる時代に生存して、人類の進路を考察した時に、最も参考に成るのは、江戸時代の
我国で在る。所謂「鎖国」体制の下で、「自給自足」経済を「自然との調和」を伴って
維持し、平和をも満喫した。現在のブータンが主唱する「国民幸福度」から見れば最上
位に選ばれた安定社会で在った。
現在の世界に江戸時代の日本を応用した場合、世界を一国と見做して「地球鎖国」の社
会を設定し、「自給自足自然経済」即「第一次産業」中心の経済を推進すべきで有る。
そして、原則的に「必要生産・自然消費」とも称すべき「無駄」や「反自然的営為」を
排した経済秩序を構築すべきで有る。

haikisyokuryou例えば、現日本で一年間に廃棄される飲食物の量は、
千万噸とも千五百万噸とも言われて居る。千万噸と
は江戸時代風に表現するならば精米七千万石、即ち
江戸時代後期の人口二年分の食料に相当する。
つまり、現在の社会は「消費」の為以外に「浪費」
の為の「生産」を極端に拡大して居る事に成る。
その原因は、「近現代欧米物質文明」と「資本主義」
経済、「民主主義」政治とが複合して、際限無く人
間の欲望追求を是認、肯定して、その為の限界無き
「拡大再生産」を是認、推進して居る愚行、狂行、凶行に在る。

所謂「アベノミクス」もその一典型例で有る。現在の日本に必要なのは「アベ」では無
く、「吉宗経済学」で有る。
江戸幕府八代将軍吉宗公は、三代家光、五代綱吉が散財しまくって、危急存亡の幕府財
政を建て直す為に長期に亘って改革政治を断行した。
その要点は、行政「支出削減」のみならず、社会全体の「倹約」で有り、「増税」と米
価に代表される「物価安定」で有った。
その政策は、日本の領域内と言う設定された「限界」内部での最も効果的な善政で有っ
た。
今、江戸時代に直接回帰する事が不可能で有るならば、せめて「小泉米国亜流経済」よ
りも前の「日本株式会社」の段階に迄、社会を戻すべきであろう。その活用は、現代社
会の「無駄」「浪費」「不健全」を追放、排除する効果的な良薬と成るであろう。
昭和十三年「国家総動員法」が制定されて、「戦時体制」が確立すると、戦争遂行の為
に、無駄を省いて必要部分へ重点的に資材を供給する経済が採用された。こ社会主義的
手法は、資源や生産力の乏しい我国には必要な経済政策で存った。

所謂「戦後」も経済面での非常事態は継続し、所謂「戦後復興」の為に「官民一体」と
成って、資金資材等を重点的に割当てて、「奇跡の復興」と「高度成長」を齎せた。
後に「日本株式会社」と揶揄され、米国から「自由化」の攻撃が繰り返されて、「橋本
・小泉内閣」に至り、解体されてしまったが、米国が目の敵にした「日本株式会社」は、
それだけ日本の為に成る効果的な経済体制で存ったので有る。

「資本主義」「自由主義」には「無駄」が多い。生産量が巨大化して、今や「無駄」を
無視、黙認出来ない迄に至って居る以上、政治や制度、政策で一定の制約、規制、限界
の設定が必要不可欠に成って居る。
際限なき「利潤追求」「自由競争」「拡大再生産」は、過去のものにしなければならな
い。

「逆スタグフレーション」を惹き起こして居る「国民心理」は、現代経済の危険性を直
感して居ると思われる。

「日本はアメリカの属国じゃない!」TPP交渉において高圧的に迫るフロマン氏に対し、声を荒げる甘利担当相

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